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Column

働き方改革

2016.11.11

トランプさんにはほんとにびっくりだ。
イギリスのEU離脱もそうだったけど、民主主義のどんでん返しの年だと思う。
選挙終わってからデモしたって遅いんだから、投票の時によく考えましょうね。

いずれにせよ、世界は変わるだろう。どこまで変わるかはわからないが、少なくとも変わる。
どっちにいくかはわからない。

どうなっちゃうかわからないけど、これまでの既成概念は通用しなくなるかもしれない。

僕らは「人事」なんで、どう変わるか、について、人事分野で考えなければいけない。

で、そのひとつが「働き方改革」というものだ。

うーん、それはそれでよいと思う。
長時間労働を減らす、なくす・・・。うん、まあいいと思う。

でも問題は「時間」の概念ではないかとも思う。

「働き方」は、時間ではなくて、「どのような考えで、どのような働き方を選択するか」ではないだろうか。

「やらされ感」満載で働いていては、それは長時間はきついだろう。

「やらなきゃいけない仕事」を長時間続けるのもつらいだろう。

「やりたい仕事」ならばどうだろうか。やりたいのに7時には帰らなきゃいけないの?
「自分自身でコントロールできる仕事」ならどうだろう。もっとやりたい時ってあるんじゃないの?

「働く」という概念、仕事の概念をカテゴリーわけしてみたらどうだろうか。
「長時間はよくない!」って、一律で議論しても仕方がないと思うんだけど。

「A:長時間働くのがつらい仕事」と「B:それが苦にならない仕事」、
「A:やらされている仕事」と「B:やりたい仕事」
「A:自分ではコントロールできない仕事」と「B:自分でコントロールできる仕事」
とかね。

すべてが「A」という働き方はつらい。長時間じゃなくてもつらい。それは減らしたいものだ。

でもBだったらどうなんだろう。時間を忘れて働いているかもしれない。

そういう意味合いでは、「労働契約」と「業務委託(請負・委任・準委任)」の違いに通じるような気もする。

「労働契約(雇用契約)」とは「労務を提供して賃金を得る」という契約。

「業務委託契約」は、言ってみれば「価値を提供して報酬を得る」という契約。

なんだか、これからの時代、「労働契約」ってのはもう古いんじゃないかといつも思う。

「労働契約」は「提供した労務の価値」が見えづらいから、それを時間で測っているんでしょう?
で、それが見えづらいから「長時間働いた方いい・・的な」価値観も残っているんでしょう?

だったら、「労務を提供して賃金を得る」っていう昔の言葉づかいみたいな契約辞めてもいいんじゃないだろうか。

「業務委託」は、「提供した価値」だから、「何時から何時まで働く」という概念に当てはまらないし、
その分自由だし(もちろんそれはリスクだけど)。
(ここで「保証」とか「安定性」っていうのを前面に出すなら、それは労働契約を指向すればいいんだろう。)

もちろん誰でもすぐにそうできるものではないけど、そういう方向に、自分の力を磨いていけばいいんじゃないだろうか。

そろそろ前近代的な「労働契約」という呪縛から解き放たれてもいい時期なんじゃないだろうか。
「労働契約」の枠内で議論してても、はっきりいって埒はあかない、と僕は思っている。

(その意味で、副業解禁の流れは正しいと思う)

偽装請負はもちろんだけですけどね。

ロペ3

内容が堅かったので、開放的な風景を・・・。

 

 

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